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放送内容のご案内 [やまなし発見!太郎ちゃんゼミナール(10月18日)]

やまなし発見!太郎ちゃんゼミナール

学ぶのは 「信玄伝承の治水」

学ぶのは 「信玄伝承の治水」
山梨県には河川が多く、昔から水害に悩まされて来ました。

武田信玄時代に造ったと言われる釜無側の「信玄堤」など
信玄伝承の施設がいくつか残っています。果たしてそうなのか?

施設の多い御勅使川も訪ね、その真相に迫ります。

江戸時代の信玄堤は短かった

江戸時代の信玄堤は短かった
今私たちが「信玄堤」と言っているのは
江戸時代とは違うようです。

ご覧の黄色い部分、大きな土手の東側の
ちょっと低い所が 信玄時代の堤「本土手」で、
630mしかありません。

そして、信玄が造ったと言われる治水施設で、
信玄が造ったと分かっているのはここだけです。

信玄が信玄堤を造ったのは?

信玄が信玄堤を造ったのは?
戦国時代以前の釜無川の流れ(青)を見て下さい。

信玄堤の上を甲府の中心へと流れてい居ます。
ですから 信玄は、甲府の中心部を守り、
さらに竜王村を新しく造ろうと
ここに堤を設けたんです。

御勅使川の治水 「石積出」

御勅使川の治水 「石積出」
南アルプスの麓から甲府方面へ流れる御勅使川は、
古い時代から大雨がふると洪水を起こす暴れ川でした。
治水施設も多く設けられています。

「石積出」は、洪水の際、住んでいる村々に川が流れないための石積の堤防です。
信玄が造ったかどうかははっきりしていません。

現在も石積出が並んでいます。

現在も石積出が並んでいます。
上空から南アルプス市駒場を見ると
御勅使川の土手に 長方形の石積出がほぼ平行に3基並んでいます。

左から、一番、二番、三番堤です。

もし洪水が起きた時には、次々流れを受け止めて、
なんとか本流に戻そうという角度になっています。

江戸時代から活躍した竹蛇籠

江戸時代から活躍した竹蛇籠
この写真は明治頃だと思われます。

川に消防団などがあつまり、洪水対策をしているのでしょうか?

注目はたくさんある竹の籠です。
手作りの籠で、中に河原の石を入れ、川の流れを弱めるために設置します。
その姿から 竹蛇籠と呼びます。
昭和30年代からは、鉄製になります。

御勅使川の堤防 「将棋頭」

御勅使川の堤防 「将棋頭」
「石積出」と並んで有名な堤防が「将棋頭」

これには二つの役目があります。
この将棋頭の中には 水田があり、洪水から守る事ができます。
さらに、その下には多くの地域があり
洪水からその地域も守っているのです。
この施設も誰が造ったかはあきらかではありません。

日本初の本格的コンクリート製砂防ダム

日本初の本格的コンクリート製砂防ダム
南アルプス市芦安にある「芦安堰堤」
上流からの土石流の土石を止めるためのダムです。
この堰堤が、日本で初めて
本格的にコンクリートを使用して造った砂防ダムです。

2段式のちょっと変わった構造です。
最初は垂直に造ったのですが、すぐに土砂が埋まったので
その上に今度はアーチ式のものを重ねました。
大正5年から10年かけて完成しました。

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