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放送内容のご案内 [やまなし発見!太郎ちゃんゼミナール 清里開拓史(7月20日)]

やまなし発見!太郎ちゃんゼミナール 清里開拓史

「清里」の名前の由来はどこから?

「清里」の名前の由来はどこから?
北杜市に位置する、山梨を代表する高原リゾートスポット「清里」。
その清里の歴史を勉強する今回の太郎ちゃんゼミナール。
最初の問題は「清里」の名前の由来から。
なんと、ここに住んでいた有力者「清次」さんにちなんで、清次の居た里から清里と名付けられたんです。

厳しかった開拓時代

厳しかった開拓時代
昭和13年に荒涼とした八ヶ岳南麓の原野に入植してきたのは、丹波山村からやってきた人たち。ちゃんとした家もなく、鍬1本しか与えられずに荒れ地を開墾していったのは並大抵のことではなかったはず。

なぜ丹波山から?

なぜ丹波山から?
初期の入植者はみんな丹波山村からやってきました。
なぜ丹波山村から?と思われますが、これには理由が。
爆発的に人口の増えた東京の水瓶を確保するため、多摩川をせき止めて巨大な水道用のダムを建設することになり、丹波山、小菅の一部集落がダムの湖底に沈むことになったからなのです。

清里開拓の父 安池興男

清里開拓の父 安池興男
開拓者の厳しい生活を支えていたのは、当時山梨県職員で八ヶ岳開梱事務所長として赴任していた安池興男さん。
清里開拓の父と呼ばれる安池さんは公私ともに尽力して開拓者たちを援助していました。

千円の家

千円の家
開拓者たちは、入植当時は粗末な小屋または農機具置き場などで寝泊まりをしていましたが、安池さんの働きで国や県、東京からの補助金で開拓の家を建設することが出来ました。
建築費用が当時の1000円だったために、「千円の家」と言われ、開拓者の安らぎの家となりました。
1000円は今だと400万円くらいでしょうか。

清里小学校八ヶ岳分教場

清里小学校八ヶ岳分教場
開拓者たちは、次に子どもたちのために分教場を建設しました。
安心して学べる場所が出来て清里は安住の地となっていったのです。
そこでは給食に生の牛乳が出されていました。清泉寮で飼育されていたジャージー種の牛乳です。

清里開拓と清泉寮、ポール・ラッシュ

清里開拓と清泉寮、ポール・ラッシュ
清里の開拓の歴史を学ぶ中で、忘れてはいけないのが、清泉寮を立ち上げたアメリカ人、ポール・ラッシュです。
清泉寮の始まりは、社会のリーダーとなる人材を育成するための研修施設でしたが、開拓者の様子を見てきたポール・ラッシュは、戦後の農村モデルとして清里を希望の持てる場所にするべく様々な事業を展開していきました。

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