■サイエンス基金受賞者による「なるほどサイエンス」■

平成12年10月20日 掲載

縄文時代と階層差


明野村埋蔵文化財センター 佐野 隆
(テレビ山梨サイエンス振興基金第9回受賞)

 縄文時代遺跡からの相次ぐ発見で、これまでの平等な縄文時代社会のイメージが大きく変わりつつあります。
 大泉村の国指定史跡「金生遺跡」は、およそ2700年前ごろの縄文時代晩期の遺跡です。多量の石を用いた祭祀施設と墓、住居などが発見されました。祭祀施設と墓は、つくりのていねいさや形状に違いがあることから、葬られた人々の間に階層差があったのでは、と考えられました。
 そこで、出土した石器数を調べると、ていねいなつくりの祭祀施設と墓からは装身具と矢尻が特に多く出土し、そうでない祭祀施設と墓からはいろいろな種類の石器が平均して出土していることが分かりました。
 このことから、葬られた人々には生業活動の差を背景にした階層差があり、矢尻を用いる狩猟集団がより上位の階層であったと考えられます。
 長期間、大量に貯蔵できる穀物のうえに成り立ち、きわだって大きな首長や王の墓を築いた弥生時代や古墳時代の大きな階層とは違い、縄文時代の階層分化には限界があったと思われますが、すでに弥生時代以降の階層化社会の萌芽が芽生えていたと考えられます。